TONちゃん日記

・当サイトのtonでもない店長のブーブー日記です。

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祭り最終日
2005/05/22

祭りのさ中ぎんペーさん出現す。神出鬼没なり。
ご友人とともに。今日は店員に休まれちゃったから緊急要員をかりだしてまでのフル活動中ゆえあまりお話は出来なかったけれど…いただいちゃいました。
ちょうどこの作者のHPhttp://japgun.hp.infoseek.co.jp/を最近発見したばかりでありましたのでホーとうなずくBooでありました。技術者時代は交通工学を一所懸命勉強していたのに仕事は水理だったし、自転車狂が陸の上のかっぱになってしまっているし(人生ままならない?)けれど30年前(う!こんなに経ったの?)には自動車社会への警鐘を自分なりに打っていたんだけどね・・・
「そうなのよ」と代弁してくれる箇所が痛快でなかなか面白い本でした。

祭り2
2005/05/21

町は祭り一色。
店の仕事をしていると祭りはいつも横目なのだ。
まあしかたないけどね。
夕刻、祭りの余韻を感じる。これもまた良し。

祭り
2005/05/20

三社祭りもいよいよ今日から。
うちの町内は雷門前はさすがに祭り一色なのだけれど、少し裏に入ると祭囃子も聞こえないし、え?と思うほど静かになる。そんな中に紅一点ならぬ神酒所一点。煌々とかがやいて見える。都会のオアシスか…ちょっとふさわしくない表現ではあるけれど祭りの気持ちを少しばかり張り詰めさせてくれる。あとは神輿を待つばかりだ。

観音日
2005/05/18

観音様のご縁日。
15日と18日は、この日でないと会えないお客様が多い日なのだ。
つくづくここは観音様の門前なのだなあと感じさせられる日である。ちなみに15日は五重塔院のお参り日。今日は茶湯日も兼ねていたのでなおお参りのお客様が多かった。お供物をいただいたりお土産をいただいたりと恵みにあずかる。夕刻には、大学講師のkさんと小一時間立ち話お茶も出さないでごめんなさい。
お寺の話で盛り上がってしまった。
いろんな生き方があるなあ。お店をしているととにかくいろいろな人生を垣間見れる。だから楽しい。

情報
2005/05/17

最近のニュースは、見ることに嫌悪感を感じるほど悲惨な出来事が多すぎる。古くはよしのぶちゃん事件が全国民が心に傷を持つようなそして語り草になるような大事件だったものが今は日常茶飯事になっている・・・慣らされていることが恐い。情報は大事だけれど頻繁に耳にしているとどうかとも思うことがある。思いっきって隔離してみる時間も必要に感じてくる。

ラン
2005/05/14

店内を遅ればせながらランを組んでいる。
20年いや、サラリーマン時代を含めれば30年もコンピュータとは関わっているのに設定するときはいつも悪戦苦闘・・・脂汗かきながらコード買ってきたりハブを選んだり難やら勘やらなのである。
これでちょっとは楽になるかいな。え!自分のため?って
・・・会社のためよ。・・・もちろん。・・・?

2005/05/13

仙台の中学生君たちが修学旅行で来店。
店内をしっかりと見ていた。普段になく長居しているので、ホーめずらしいな…と思っていると、巡礼できるお寺をたずねてきた。ん?またまた珍しいことを…
巡礼が趣味なのだそうだ。自分で変わっているでしょって・・・。
そうねえ。変わってはいるけれど、変じゃないよ。
とても良いことだと思うよ。
待乳山聖天さまの資料をコピーしてお渡ししたけど時間あったかなあ?謝辞をのべて足早に浅草寺に向かった。以前、寺の子弟の集まるある学校の生徒から受けた無礼さと比べると、なんとまあ礼儀正しいことだったでしょう。日本もまんざらでもないなあなどとちょっと嬉しくなった。

郷土愛
2005/05/11

まもなくWEB店を開店して丸5年経とうとしている。
96年に立ち上げ準備をしていた。エージェントが中に入っていたこともあるが他人任せのWEB作りは頓挫した。ドメインまでとっていたのに…。そのくやしさから何もする気が起きなかった。…TVコマーシャルを見ていたときに、ふともう一度チャレンジするかと天命が下ったように2000年に思い立った。反省を込め、今度はすべて自分で立ち上げた。
5年前の今頃は、文字通り不眠不休だったなあ…。
HTML勉強したり、写真を撮ったり、パソコンの設定をどうこうしたり…と昼夜逆転していた。いまだに逆転現象は変わっていないように思うが…。すこぶる朝方になってしまった。
ついでに?カメラが手放せなくなった。いつも首からぶらさがっていないと落ち着けなくなった。カメラ目線(写す側の)で被写体を見ることを久しぶりに思い出すようになった。ファインダーを通して浅草を見ているとそこかしこに文化財が眠っていることに気付いた。ここに住むものしか解らない浅草があることも気付かせてもらった。おかげで郷土愛に目覚めだしたのは思わぬ収穫かも知れない。

事故
2005/05/10

赤錆の軌道。
レールのはずされたバラスのみの軌道敷。
泣き崩れる人人人。
胸の痛くなる光景…。
事故現場には一度も足を運んだことはないけれど、ついこの前までは秒を争って時間戦争をしていたその同じ軌道上に献花台が置かれ人が供養に訪れる。
命の代償なんて比較の仕様のできない次元の問題なのである。
いかし周りを見渡すと命にかかわることが日常の中に溶け込み事もなげな姿になってしまっていることが恐い。思い返せば人命を預かっている仕事は鉄道事業に限らず数多く存在する。各インフラにしても各エンジニアや流通業・メディア・・・にしても全ての方面において人命を背負っているのであることを再認識する。今回を教訓と考えてどの分野でも襟を正すことがあってしかるべきなのではないか。一鉄道事業者たたきで終わって欲しくないと真実思う。

2005/05/09

うとうとしていたら夢をみた。
よく見る夢なのだ。けれど今度はしっかり目に焼き付けた。
(古い)横浜の人ならわかるだろうが、桜木町からちんちん電車に乗って青木橋の広々した(本当の風景は広々とはしていなかったけれど)そこから何故か生麦線を走っていた。途中でこの線も廃止なんだってという乗客の話を聞いて、よし、しっかり目に焼き付けようとしていたら廃止記念会場についてしまった。軌道は未だ先まで続いているのに…と思いながら惜しい気持ちで降りる。ただそれだけの夢。でもちんちん電車ファンとしては夢のような夢なのだ。

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